Thank you 5月
「ほらほら、こっちおいでー」
せっかく呼んでるのに見向きもしない。少しくらい反応してくれてもいいのに。
生意気な奴だ。昼にあげた食事を半分も食べてない。
どこか遠くを見つめてる。
10歳の夏。今でも覚えてる。体中をひっぱたくかのような激しい日差しから避難するかのように、家の中でのんびり過ごしていた夏休み。
マイブームはかき氷。野球ボール程の大きさの氷を、かき氷機にセットしてガリガリ削っていく。仕上げは練乳とイチゴソース。それにアンコを乗せれば完成。頭がキーンと鳴るまでがかき氷ですよ。
お母さんが家の庭でごそごそ作業している。何してんだろ。まあいいや、Wii U するか。昨日どこまで進めたっけ。
「見て見て、完成したよーーー!ちょっと外来てよ」
さっきまで作業してた母が家の中に戻ってきた。なんだよ。ゲームしようとしてたのに。
外に出てみると、犬小屋が設置されている。玄関のすぐ隣。
「なにこれ。」
「ワンちゃんを飼うの。そのために小屋を設置したんだから。」
まじか。まじかまじかまじか。え、我が家に犬が。とうとう犬が。俺が犬好きってお母さん知ってたのか?まあこの際どうでもいい。
柴犬かな、チワワかな、それともダックスフンドかな!できれば子犬がいいな~。撫でたいなぁ、たくさん散歩したいなぁ。なんなら一緒に布団で寝ちゃったりして!
「ほらほら、こっちよー。そうそう、ゆっくりねー。」
母が連れてきた。そこにいたのは見るからに大きな犬。少なくとも子犬とは呼べない。何ならちょっと年老いてる。
動きはゆっくり。怖がりながらも一歩一歩うちの庭を踏みしめてる。
んんんーーーーー。まあ勝手に期待したこっちが悪いよな。うん。うん。
こうして、うちの家族が1匹増えた。
歳は12。人間でいうと65歳くらい。性別はメス。名前は「メイ」。5月生まれでそうなったらしい。
もともと親の会社で飼っていたが高齢のため、うちで飼うことになったとのこと。
はじめての餌やり。張り切って多めにドッグフードをついでやった。まあ食べきれるだろ。
「いっぱい食べな。」
メイちゃんの近くに皿を置いた。
………….。
全然食べない。気づいてはいるが。もうちょっと待ってみるか。
1分くらい経ったかな。ようやく食べ始めた。少しずつだが、量が減っていく。
なんか嬉しいな。よし、もう大丈夫だろ。餌やり、完了。
俺は家に入った。だらだら過ごして夏休みを謳歌しよう。やっぱり家の中は最高だな。
なんだかんだしているうちに日が暮れる時間になった。そういや、メイちゃん全部食べきったかな。
庭に出てみた。皿に目をやると、半分も減ってないじゃん。おいおい、全然食べないじゃんこの子。
母曰く、メイちゃんは食欲がほぼ無く、餌は少なくていいらしい。まあおばあちゃんだから仕方がないか。
次の日、量を減らして挑戦。結果、半分くらいは減ったかな。
その次の日、もうちょい量を減らして挑戦。結果、3分の2は減った。よしよし。
いろいろ試して見たが、完食はしてくれない。まあそういうメイちゃんの習性らしい。
中国の食文化かよ。
なんとなくの適量は掴めてきた。これでいこう。
メイちゃんと毎日顔を合わす生活になった。というのも、犬小屋が玄関のすぐ隣だから合わせざるを得ないんだけど。
メイちゃんは基本、寝てる。詳しく言えば目は開いてて横向きに寝た状態。まあこの姿勢が楽なんだろうな。
そういや、ボールで遊んでみたいな。よく見るやつ。
家にあったテニスボールを投げてみた。せーの!!
……….。
見向きもしない。そりゃそうだ。
メイちゃんは走れない。歩くので精一杯。以前、お母さんに散歩したいってお願いしてみたが、ダメだと言われた。
んんーーーーーー。
メイちゃんがいる生活は悪くは無かった。「犬を飼ってる」っぽいことはあまり出来ないけど、そばにいて、メイちゃんをボーっと眺めて、ただただ時間が過ぎる。
ゲームをしたくなったら家の中に戻って、ゲームに飽きたらまた、メイちゃんのもとに。
おのずと、メイちゃんとの時間が増えていった。
世話はお母さんが基本していたが、時間があれば自分もメイちゃんの世話をした。
毛並みは綺麗。茶色と白が混ざった綺麗な色。ブラシは定期的にした。
つぶらな瞳を見れば、やっぱ犬ってかわいいなって思う。いや、メイちゃんがかわいいんだな。
中学校に入ると忙しくなった。学校、部活、クラブ、塾。今思うとありえない掛け持ちだった。毎日、朝早く起きて勉強して、運動して、勉強して。土日も部活と塾、時間があれば友達と遊んだ。ゲームをした。
メイちゃんの世話は徐々にしなくなっていった。
時間はあっという間に過ぎ去った。
最近、メイちゃんと遊んでないなぁ….。
ある日、塾から帰ってきた。ふと、玄関の横に目をやった。犬小屋。
「あれ、こんな老けてたっけ。」
久々にメイちゃんをちゃんと見た気がする。明らかに以前より痩せこけていて体が小刻みに震えている。
正直びっくりした。いつの間に。
毎日見てたはずなのに。
もっとメイちゃんと遊ばないとなぁ。
そこからは早かった。日を追うごとにメイちゃんの体が弱っていくのが分かった。
体は細くなり、歩くなんて考えられないほどずっと寝ていた。
あげたドッグフードは半分どころかほんの少ししか減らなかった。
近づいても自分に気付かない、なんてことも多くなった。
お母さんは何度か動物病院でメイちゃんを診てもらっていた。良くなったり悪くなったりを繰り返した。
ちょうど中学3年に進級したくらいの頃。お母さんからメイちゃんについての話があった。
言われなくてもなんの話かは分かった。
覚悟は出来ていた。
そこから数日はボーっとしていた。勉強も部活も身が入らなかった。
ってか、別に、体が弱っていったのは見てたし、全然ドッグフード食べなかったし、近づいても気づいてくれなかったし!
一緒に散歩に行ったこと一度もなかったし、ボールを咥えて走ってくることなんてなかったし、なんなら布団で一緒に寝たこともなかったし!
いつかくるもんだとは知ってたのに。
なんでこんな悲しいんだろう。
なんでもっと一緒に過ごしてやれなかったんだろう。
なんでもっと愛してやれなかったんだろう。
実家にはまだ空き家が一軒残っている。
1年目_役者 タックル

