尖ってるだけじゃないって、伝えたい

ヨルシカです。
流石に最近尖り散らかしすぎていて、調子乗ってると思われてそう。調子を乗せている、が正しい解釈です。

確かに負けず嫌いですね、僕は。
札幌演劇に関しては、負けず嫌いというより「勝っておきたい」なんですけど。あまり負けを感じた瞬間が無いので。

尊敬する脚本家がいなくて。札幌に。
尊敬する演出家は結構います。でも尊敬する「脚本・演出家」はいなくて。
周りが褒めるのを理解できる脚本演出家はいます。まぁそれをやっておけばそりゃ多少は喜ばれるよね、っていう。でもそういう作品が過剰に評価されて、それで良しとされる札幌の価値観がちょっとだけ癪で、だから今も僕は脚本を書いている……

っていう後ろ向きな理由ばっかこれまで言ってた気がするんですけど、それだけじゃないよ、って話をしますね。

僕、プライドの塊なので同世代には特に厳しいんですけど、でも「こいつには敵わないな」って、ちゃんと負けを認めた同世代が、2人だけいて。

1人目が、勝手に名前出すの怖いけど、ベビランの代表です。多分同い年。
2年前に対校祭全国で大阪に行った時の大阪代表が彼らでした。その作品が、ほんっとうに凄くて。しろの皆がどう思ったかは分からないけど、僕は初めて観劇中に堂々と白旗を揚げました。悔しさ通り越して笑っちゃってました。
役者4人が、ほぼ棒読み棒立ちでずっと無表情。歩く速度も喋る速度も全員一定。でも声が綺麗で、話してる会話の中身は面白くて、背景の映像とか小道具の扱い方が芸術的で、だから40分ずっと見ていられる。見ていられるというか、見入りざるを得ない。
白い服を着た幽霊みたいな少女がずっと右手で足をペンペン叩きながら喋ってて、それも正直意味分かんなくて、もはや恐怖まであって。
そしたらね、なんかね、そろそろ終わるかなってタイミングで、Vaundyの『踊り子』が流れ出すんですよね。それまで環境音とSEしか流れてない、白い超絶静かな空間だったのに、黄色とかピンクの照明がエモーショナルに入ってきて。で、役者たちが急に満面の笑みを浮かべて、キレキレに踊り出すという。舞台上、真っピンク。

は?????って。

でよく見たら、少女が手をペンペンしてたそのテンポが『踊り子』のBPMと完全に一致してて、少女がドラムみたいにリズム取ってるんですよね。

いや見たことない伏線回収。てか伏線なのかこれ?

40分ずっと頭の片隅にあった「何の手拍子…?」っていう疑念があり得ない角度から回収されて、 まっじで衝撃受けて。
で最後、なんか当たり前みたいに全員が『踊り子』を歌い出して、でもそれは、役者ではなく間違いなく役が歌ってて。それまで言葉でしか見えなかったその役の感情が、初めて表現として僕らの元に届いて、僕はめちゃくちゃ感動して。

いやねー、もう、これを見に俺は大阪まで来たんだな、って思ったんですよね。どうやって生きてたらあの作品に辿り着くのか、本気で分かんなくて、授賞式後に唯一僕から話しかけたのが彼でしたね。

でね、これが最優秀賞じゃなくて。どこかで見たことあるような「創作の悩み」みたいな手前のテーマを扱った安牌な作品が審査員の演劇陣にハマったらしくて。それが一番ムカついて。やっぱ演劇ってそういうとこあるよな、って思って。観客目線じゃなくて創作者目線で互いに褒め合って傷舐め合って、だから流行んないんだろ、って。
あー、だから僕は演劇やってる大人が好きじゃないんだろうな。やっぱここがターニングポイントだったのか。

あの時感じた衝撃を僕も後輩たちに与えたくて、よくオリジナリティとか口酸っぱく僕が言うのはそういう事なんですね、きっと。

 

で2人目がパプリカなんですねー、えぇ。元気してんのかな。
僕の同期です。しろの同期先輩後輩、人として敵わないと思ってる人は沢山いますが、創作者として敵わないと思ったのは彼くらいかも。

彼のショートが僕は好きで。
僕が小手先と笑いで誤魔化している一方、彼は自分のアイデアとセンス貫いて、真っ向勝負で脚本を書いている気がして。結果としてちょっと掴みづらかったり冗長だったりする部分はあったけど、根っこにある発想と作風は間違いなく僕より天才的だった。で何より、それを一切ひけらかさずに、淡々とやっちゃってるのが僕と正反対で、バカかっこいい。本当は俺もそうありたかった。

彼は夢見鳥の制作トップだったけど、全体LINEの出欠神がもう、才能の供給過多だった。「あちこちのしろ」と称して、日常生活に隠されているしろネームを紹介していく。そのアイデアと見せ方、そして基礎からの発展のさせ方と、最後のまとめ方。あのバランス感覚は、僕がどう頑張っても体得できないものだと思う。

コワーク以降、本公演プレゼンに僕が出さなかった理由は沢山あるけど、その一つが「俺がやるくらいならパプリカにやらせたい」でした。それくらい、彼にはもっともっと本を書いてほしかった。天才だから、彼は。

二人とも、僕の近くにはいなくて。
近くにいて目の前で才能浴びてたら、僕はいいや、って諦めついてたのかもしれないけど。
でも間違いなく今の僕の駆動力になっているのは彼らで、彼らのおかげでこんなに楽しく苦しく創作ができているから。

僕もそういう存在になりたくて、だから今、こうしてくすぶっているんだと思う。

5年目_助演出 夜は短し書くのはコメディ

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