駄文

今から駄文を書き連ねる。

というのも、私はひどく他者の目を気にしすぎるという情けない欠点を持つ為、他者のためではなく、自身の思考プロセスの結果としてこの文を書く。そして自信を持つ為、偉そうに「だ・である」調で書かせてもらう。

さて、冒頭から奇をてらったような文章を書いてしまった。本来、良い文章を書く人というのは、王道や基礎的なやり方を踏まえたうえで、応用的な、ハッとするような文章を書くのだろうが、私のように、基礎を知らないにもかかわらず、独自性のありそうな、それっぽい形をしたものを作ろうとすると、どうもハリボテのようになってしまう。難しいものだ。自慢をして、自分をよく見せようとするたびに、かえって中身のなさが露呈してしまう。結局、こんな文章を書いている私もただのハリボテだろう。

しかし、一つ抗議したいことがある。それは、そのハリボテの姿は「実現」しうるということだ。例を挙げよう。なぜ一万円札という紙には一万円分の価値があるか。誰しもが一万円札に対して、一万円分の価値を認識しているからだ。ということは、それと同じように、他者に価値を「誤認」させれば、それはもはや本物の価値だと言えないだろうか。ハリボテは、もはやハリボテではなく、ハリボテが偽装していた対象そのものの一要素に変化するのではないだろうか。

と、いったようなことを書きつつ、どうにかしてこの文章をよく見せようとしている。駄文だと思っただろうか。それとも都合よく「誤認」してくれるだろうか。少なくとも、私はまだ「誤認」できそうにない。本当に情けない。

P.S.(まともに劇団に参加してないのにこんな調子乗った文章書いてしまってすみません。自分が書いた文章がブログに乗るって言われて嬉しくなってしまいました…。劇団に参加できていない理由は、行きたい学部が自分でも分からず色々調べている為というのと、自分の強みが分からずどう協力できるかが自分でも分からない為です。本当に申し訳ないです。ささやかながら公演の成功を心から願っています。)

1年目_衣装 紆余曲折

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