スプリング理=愚鈍愚鈍丸

こんにちは。劇団しろちゃん1年目の、スプリング理(ことわり)=愚鈍愚鈍丸、通称コドンと申します。しろぶろのネタが本当になかったので、今日のとあるタイミングで書いた短い文章をそのまま掲載しようと思います。以下、常体の無礼をお許しください。

 私はこっそりと終わりの学生生活を送っている。たとえば最近、必修科目である英語Ⅱの落単が決まった。中間試験に遅刻したためである。また、線形代数などの落単も秒読みとなっている。2、3度しか授業に出ず、課題もすべて出さなかったからである。
 なぜこんな惨状に陥っているのか。簡単にいえば、私がよく寝る怠惰だからだ。
 線形代数は3限、英語Ⅱに至っては4限の授業だが、昼間に起きて夕方大学に行くというルーティンの私はいずれも頻繁に寝坊して欠席していた。むろん授業にはついていけないが、私は家に帰ると朝方までベッドに転がって天井かスマホを眺めて寝落ちするのが日常なので、授業スライドや教科書を自力で読んだり毎回の課題に取り組んだりということは一度もなく、やがて親から電話がかかってきても「授業?授業ねえ…なんかやってるよねえ…」としか言うことがなくなっていた。
 気付けば線形代数などでは単位認定に必要な授業点をもはや取れなくなり、英語Ⅱでは「授業ギリギリだけど明日の可燃ゴミ忘れそうだから出しとこ。ここ3回出席してないし遅刻しても行くだけマシだろ」などと思っていたら教室の扉が締め切られ単位が落ちていた。

 いったい、大学1年生の初夏という類稀なモチベーションが発揮されるはずの時期に、なぜ私はこれほど怠惰な日常を送っているのだろう。
 もともと遅刻が多い人間だった。中学の終わり頃までは当たり前の皆勤賞を取っていたのに、高校受験の直前から突発的に寝坊するようになった。やがてサボり癖がついてくると少しの面倒臭さで遅刻や欠席を繰り返すようになり、高2のときには遅刻・欠席合わせて年間80回を数えることとなった。また提出物を出さなくても授業に出なければ怒られないことを覚えたために、簡単かつ重要な課題すらも平然と放置しては学期末の救済措置に救われるというのが完全な習慣になっていた。
 たぶん、高校生活を通じて培ったそのような態度が、今せっかく手に入れた一人暮らしの自由を無為に寝るのにしか使えなくしているのだろう。過去の積み重ねとして現状があるのに決まっている。好きだったはずの生物学や習得したかったはずの中国語は授業に出席するのさえ億劫になっているのも、本州と違う植生と出会うのを楽しみにして進学したのに軽い散歩すらしていないのも、どれもきっと積み重ねなのだ。
 多少なりとも希望を抱いて北へ飛び立った4月の自分からしたら、どれほど悲惨な急転直下の結末だろう。「大学にいい成績で入ることより、入って何をするかのほうが重要だ」。かつては私を撫でてくれた言葉が今は深々と背中に刺さる。
 このままでいいのか。いいはずがない。ではどうすればいい。とにかく早く寝てちゃんと起きるか。図書館に寄って自習して帰るか。友達や先輩に助けを求めるか。いずれも効果はあるだろう。ただそれをするモチベーションは湧くのか。私のことだ、きっと湧かない。1日くらいは背伸びできてもどうせ明日には元の木阿弥だ。ではどうすればいい…。いつまでも行動に移ることはない堂々巡りの思考が、ほかに動きのない頭の中でぐるぐる無意味に回っている。

 しかし、こんな最悪な日常にもほんの少しのいいことはある。自分が終わり尽くしているがゆえに、私の周りで遭遇する誰もが、みんなものすごくカッコいい人たちだと感じられることだ。
 まず朝起きているのがすごい。大学に来ているのがすごい。授業中に寝ていないのがすごい。課題を出しているのがすごい。寝癖がないのがすごい。友達と談笑しているのがすごい。サークルに顔を出すのがすごい。私が目前で立ち往生しているような数々のステップを、みんな軽々と一歩で踏み越えているように見える。その一歩の差の部分にカッコいいなと見上げる要素がある。
 だいたい私の周囲には、能力もモチベーションも突き抜けて高い人が多いのだ。同じ学科の友人は入学早々システム生物学の専門書を独学し始め、もう9割型は読んでしまったらしい。あるいは毎日遅くまでサークルで活動しながら、課題や自炊をこなして授業にちゃんと出ている人もいる。彼らのように真人間であること以上のプラスアルファを持っている人達は、もうなににも増してカッコいい。
 そもそも人が他人に対してカッコいいと思うのは、その人と自分との間に簡単には越えられない差があると感じるときだろう。その理屈でいえば、私は終わりのどん底に落ちていったことで、今までよりも他人のカッコよさに対する感受性が高くなったらしい。そうやって日常で出会う他人にプラスの感情を多く持つようになったことは、或いは堕落がもたらした精神的健康の向上といえるかもしれない。

 とはいえ。学業その他に集中するべき学生の身でありながら終わりの怠惰な日常を継続している私の現状は、とても楽観的に捉えられるものではないだろう。とにかく目の前の問題を整理し、怠惰ながらできる範囲で取り組む必要がある。
 さて。さしあたっていま存在するもっとも大きい問題は、この文章を書いているのが物理学Ⅰの中間テストの計算用紙であり、隣には白紙の解答用紙があり、先程試験時間が残り1分とアナウンスされたことだろう。私は物理の授業を最初の2回しか受けておらず、課題も出していないため、全6問いずれも解くことができない。中間テストが0点なら落単はもう確実だろう。暇を持て余した怠惰日記など書いている場合ではないのだ。しかしなにも解けない。解法のひとつも浮かばない。もう時間が来る。単位が、ああ、落ちる。

1年目_小道具 スプリング理=愚鈍愚鈍丸

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